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HISTORY 2 [音楽]


2


Date: Mon, 14 Jun 1999 14:15:40 +0900
From:*****
Subject: Re: Theme for "KAKUTOUGI"
To: *****
****です、ども。
なんか喜んで貰えて嬉しいです。
もうね、この手の話は、めっちゃあるんだ。
書いたのの100倍以上あると思う。
スケットとる時の苦労話からエピソードから何から。
何しろ当時、チケットは徹夜して並んで買う時代。
そこでみんな隣の人と友達になって電話とか文通とかはじまる。
そういう人脈の広がり方だから、今とはぜんぜん違っておもしろかった。
チケぴがはじまるとき、悲しかったもん。なかなか好きなアーティストが同じ友達って学校とかにもいないでしょ?それが作れる数少ない機会だったもんで。
あまりに多く当時の話があるので、そのうち書き溜めてどっかにホームページでも開いて、見てもらおうかなぁ、と考えています。当時のチラシも物凄い数あるし。
当時の文化状況は今よりぜんぜん面白かったし、エキセントリックだったし、本当に豊かで素晴らしかったよ。
とてもメーリングリストには書けない話も色々あるので、まぁそのへんの話はコアなファンの人は、いつか都内で会いましょう。
あ、それから訂正。紀伊国屋ホールだけは行けなかったの。高校受験で。
でも、アルファ・フュージョン・ラボでちゃんとFMで聴いたよ。
あと、シンセサイザーランドの公録は、マニアックなシンセファン(多重録音派や機械が好きな人が対象?のかっこいい?番組)だったので(ヤマハが提供だったと思う。福田のりやすと言う人が番組にコーナーを持ってたと思う)はじめに出たバッハ・リヴォリューションも、ガチガチのシンセっぽいサウンドで、冨田さんはもっと壮大な奴で、そういう番組なんで、なんとその時のステージは松武さんが主役だったの。真ん中にばーんとモーグ3かなんか置いて。
白いスーツ着て、彼が一番目立ってて、あとの人は後ろで地味で、誰も印象に残ってない。
ティンパンアレイとかのファンとか来てなさそうな客層だったし。
番組でオンエアした時「ティンパンの細野が組んだ新ユニット」みたいなの聞いても「なにそれ」って感じだったし。
なので演奏も盛りあがらなかった。はじめ「ビハインド・ザ・マスク」をやって、拍手パラパラって感じ。
中国女」なんか、「注目女」だと思ってて、センスのない曲名!とか思ってたもん。
なんかとにかくへんなのどかな感じで、ぜんぜんピンと来ないなー、って感じだった。
その日の演奏は。
ただ、その日、ブリッジで、坂本さんが、ラヴェルの「優雅で感傷的なワルツ」の一部をシンセでちょっとだけソロで弾いたのね。それが、大変素晴らしく気に入って、印象に残って、音大受験の時の副科ピアノ自由課題で、その曲を弾きました。
あの日の一番の収穫は、それかなあ。
というわけで、ではまた。

HISTORY 1 [音楽]

某MLに投稿されていたYMOがブレークする前の思い出が書かれたメールを転記します。
YMOが売れる前の状況を知らない私にとってはすごく興味深い内容ですし、当時の様子をここまで書かれた文章は貴重でしょう。

 1


Date: Sat, 12 Jun 1999 21:58:26 +0900
From: *****
Subject: Theme for "KAKUTOUGI"
To: *****
はじめまして、****です。
1979年、六本木ピットインで、格闘技セッションと言うシリーズのライブをやっていたのです。
今思うと、ものすごいメンバーで、私が見に行った5DAYSかな?79年4月かな。
矢野顕子5daysってのをやってたの。
それはフィーチャーリング 大村憲ニの日で、タイトルが、「矢野顕子5days withカクトウギセッション」みたいなのかな?
なので、それは本当のカクトウギセッションではないんだけど、アッコちゃんの5daysなんだけど、ちゃんとカクトウギ・セッションの日もあって、その日は、とにかく全部のメンバーが二人いるのよ。
しかもどういうメンバーかと言うと、すごいのよ。基本的にね、見て驚かないでね!
G:渡辺香津美、大村憲ニ
b:細野晴臣(当時ハリー・Jホソノとか書かれてた気もする、Jはないか)、小原礼(Ray.JOharaとか書かれてたかも)
key:矢野顕子、坂本龍一
Dr:村上ポンタ秀一、高橋ユキヒロ
で、バトルするわけ。
もうこれが見れなかったのが、一生悔やまれる。誰か行った人いない?
でもチケット取れなかっただろうなぁー、私も試験とかで行けなかったけど、死んでも行けばよかったなぁというかもしかしたら終わった後知ったかも。どんな内容だったんだろう。
多分、どの曲やったのかわかんないけど、ソロとかでバトルすんだろーね。あー見たーい!!!!(バタバタバタ)
曲も何やったか知りたいよー、探したらその時のチラシとか出てこないかなー、どっかにある気がするけど。
「村上ポンタ・スーパーショック79」のチラシはあるんだけど。(まぁそれもメンバーは同じよ)
私が見に行った日のアッコちゃん5daysのメンバーは、
アッコちゃん、教授(key)
小原礼(b)
ユキヒロ(DR)
大村憲ニ(G)
だったと思う。
で、この日は二人いるのはkeyだけなんだけど、要するに他のあと4日はベースが細野さんだったり、ギターが渡辺香津美だったりって感じだったと思う。
なので、メンバーはほとんどカクトウギ・セッションの人たちなのね。
当時YMOはまだデビューしたて(でもないか)で、誰も売れると思ってなかった頃。
私はたまたま冨田勲ファンで、郵便貯金ホールの「サウンドアドベンチャー・シンセサイザーランド」(FM東京)の公開録音を当たって見に行き、その時3アーティスト出て、YMOがデビューステージだったの。白いスーツ着て。
で、それで知って、78年11月に発売されたデビューアルバムを買って、当時のFMの朝比奈マリアが司会していた「アルファ・フュージョン・ラボ」と言う深夜番組を聞いたりしてたのね。そこで細野さんプロデュースの朝比奈マリアの曲を聞いたりして。
で、79年になって私も高校生になって、4/25かな?国鉄がストになったのよ。で学校が休みになったんで、近所の電気やの仲いいお兄さん(ジャズファン)とピットインに見に行ったんだ。ちなみにその時録音したのもある。教授のソロとかすごいよ。
で、私はYMOファンと言うより、当時ロッピ(六本木ピットインでローソンの機械ではない。あれはロッピー)でやってたフュージョンのシリーズが好きで、渡辺香津美が好きで、テクノとかより、YMOの皆さんの
フュージョンの課外活動が好きだったのね。
だからもー、ロッピに行きたくて行きたくて**に住んでたんだけど、しょっちゅうライブが見れなくても
ロッピに通ってはチラシ集めてたわけ。
当時はお昼ご飯営業もやっていて、これがもう忘れられないぐらいまっずい味でさー、もう驚いちゃったわよ。
六本木とか言うと、**県の田舎から出てきたら都会なのでもっとなんだか美味しいもの出してる気がしたのね、でももう、まずいまずい、なんだこりゃ、って感じで。
で、なんでしょっちゅう行ってたかって言うと、チラシもらうのもそうなんだけど(当時チケピとかまだないしね)ロッピの地下に続く階段の壁に貼っているポスターとか見たくて行ってたの。
写真撮ってないけど、当時、格闘技セッションの手書きのポスターとか貼ってて、それがねー。
なんか、でかく
「格闘技セッション」て太白抜け文字で手書きで書いてるのから、ちゃんと血がしたたり落ちてるのネ、赤マジックで(笑)
で、そのセッションの時、ずっと「カクトウギのテーマ」をライブで演奏してたんだよ。私が見に行ったときもやったと思う。
で、サマー・ナーバスに収録されるって聞いて、へーっ!って思って買ったんだけど、その年の夏かな?それとも高ニの夏かな?ぜんぜんライブと感じが違ってさー、ライブの方がいいなぁ、って思って。もともとスタジオでラインで録った薄い音嫌いなんで。
まぁそういうわけで、郵便貯金でYMO見て、香津美とか聞いてて、当時はもう雑誌のぴあしか情報源がないんで(あとアングルと言う情報誌があったか)目を皿のようにして、ロッピのフュージョン系のそのへんのひとたちが出るのを探してたの。
で、4/25?アッコちゃんの行って、その時、アッコちゃんの「ト・キ・メ・キ」とYMOのファースト(CDなんて当然ない時代なのでアナログ)を持って行って、終わった後、楽屋にサイン貰いに行ったの。
そしたらね、なんだか初老の豹柄のスーツを着たクラシカルなご婦人が隅の方に遠慮深そうにいてさ、なんかぼそぼそ教授と話してんだ。
したら、教授がそのご婦人に軽い回し蹴りをかましたのね、したらユキヒロが「あっ!お母さんにそんなことするなんて、ひどいじゃないか!」とか言って、つまり、教授のおかあさんだったのねー、とかレアな光景が見れたなー。
で、その時だーれもYMOのことなんか考えてなくて、ライブの中で、アッコちゃんが「この人達こういうのはじめたので買ってあげて下さい」みたいなコメントまであったぐらいで。
で、私、レコード持って、楽屋行ったのよ。サイン貰いに。
そしたら、私がYMOのレコード持ってるの、アッコちゃんが見て、「あっ!!!!!売れてるっ!」って言ったのネ。当時、まだそういう状況だったのネ。
その先火がつくのは、確か年末のグリークシアターからの凱旋ライブ(中野サンプラザ)の時。それまでは、周りに聞かせてもさー、「なんでこんなのがいいの?」って感じで、学校の友達も相手にしてくれなかったのよ。みんなバカよね。
大体11月ぐらいになるまで、スタジオボイスとか見ても、佐藤奈々子さんが「YMOの音楽からは東京は感じられない」とかわりとそういう批判的な感じで、もう、本当に東京の一部の六本木周辺に集うようなスノッブな人達?にだけ受け入れられてるって感じだったの。またそれがのどかでオシャレで良かったんだけどさぁ。
ところが、グリークシアター以降、凱旋ライブが話題になって売れちゃって、そこに2ndが出て、ライディーンがバカ売れして、テクノポリスがフジカセットのCMに使われ...と言う流れになって来たのは、皆さんご存知の通り。
でも、それまでは、上に書いたような状況で、のどかなもんだったんだよ。
皆さんフュージョン関係とか、スタジオでの仕事が多かったしね。
それがその後、みんな化粧するようになるわけよ。
私は、郵便貯金のデビューから、コマの前までは全部ライブは見たかな。
コマだけは、諦めたの。受験だったんで。
芸大の作曲科受けて落ちて、別の音大の作曲科に行きましたが。
でも昨日知ったんだけど、当時共通一次で9科目だっけ?学科。で大変だったけど、今ってセンター試験って、2科目しかないじゃんよ!
また芸大でもうけてみよっかな(笑)と思っちゃったよ。(なんか宇多田ヒカル日記的な文になってしまったなーぁ)
あの頃の話を書くと尽きないけど、そういうわけで、カクトウギ・セッションは、知ってる人もほとんどいないだろうけど(特にサマー・ナーバス聴いただけの人は、一体カクトウギセッションてなんだろう?って絶対思うだろうなぁ、ってあの頃から思ってた。曲もたいしたことないし、あのアルバムの中で、なんかちょっとあれだけカラー違わない?)
あのアルバムはねー、サマー・イリュージョンって曲だけ激好きでー、それだけずーーーーーっと聴いてたわ。高一の夏かなあ。79年だったら高一だ。
あー、あの頃使ってた機材とか色々思い出してしまいますね。
そういうわけで、私はやっぱり80年代より70年代の方が色々思いで深いんです。アンアンとか創刊したのもその頃だしね。
その頃のピットインの情報や、ライブメンバー知りたい人は、YMO関係の書籍もいいと思うけど、いける人は国立国会図書館に行けば雑誌が全部あるから、79年のぴあとか見ると、当時の気分になれて楽しいかもね。
では、長い投稿になりましたが、また。


電気的音楽講座 [音楽]

1981年8月10日~14日にわたってNHK-FM「坂本龍一サウンドストリート」の特別番組として放送されました。
この番組は「フォトムジーク

という曲をレコーディングする過程を放送した番組でした。
すべてエアチェックしたはずなんだけど現在残っているのは1回分だけ。
この番組で何度も何度も流れてくる「クリック音」、

が、なぜかすごく耳に残っています。
クリック音の音程は、
C+1, C, C, C, G, C, C, C, C+1, C, G, C, C+1, C, C
かなぁ。
C+1は1オクターブ上のCね。

テクノライブ音源 [音楽]

自分の持っている「YMO+YENレーベル系の音源」はいくつあるのだろうと
思い、実家に帰ったときに発掘してきました。
持ってきた音源は以下の通り、

●高橋幸宏 TOUR 1982 ライブ
1982年7月26日 東京新宿厚生年金会館?(ラジオ録音)
高橋幸広:Prohet5, TAMA Drums
細野晴臣:Bass
スティーブ・ジャンセン:Drums
土屋昌巳:Guiter
立花ハジメ:Sax
ゲスト 坂本龍一, 鈴木慶一, 加藤和彦
(コメント)
高橋幸宏の初のソロライブ、FMラジオから録音
他にもWild&Moodyライブも持っているはずだけど見つからず(残念)


●坂本龍一(B-2units)ライブ (NHKFMサウンドストリートから録音)
(セットリスト)
フォト・ムジーク/REPLICA/アレンジメント/HAPPY END/THATNESS AND THERENESS
(コメント)
ノイズ多し、でもフォト・ムジークのピアノバージョンとか、立花ハジメのHとか聞けたりして今となっては貴重(かな?)。


●坂本龍一 Media Bahn Live
1986年4月29日 渋谷公会堂
(セットリスト)
1.Milan,1999/2.Variety Show/3.Broadway Boogie Woogie/4.G.T/(MC)/5.Ballet Mecanique/
6.Steppin'into Asia/7.大航海(Verso Lo Schermo)/8.ONGAKU/9.UnKnown Instrumental/
10.Gymnopedies/11.UnKnown Instrumental/12.ゴリラがバナナをくれる日/
13.A Tribute To N.J.P/14.Dear Liz/15.Thatness And Thereness/
16.Merry Christmas Mr. Lawrence/
(MC メンバー紹介)
17.Behind The Mask/18.Tibetan Dance/19.Sleep On My Baby/20.Field Work/
21.1000 KNIVES/22.黄土高原
(アンコール)
23.Etude/24.Self Portrait/25.Parolibre
(メンバー)
坂本龍一/DAVID VAN TIEGHEM(Percussion)/ROBBY KILGORE(Keyboards)/
RONNIE DRAYTON(Guitar)/小原礼(Bass)/BERNARD DAVIS(Drums)/
KYSIA BOSTIC(Vocal)/LINN MABRY(Vocal)/BERNARD FOWLER(Vocal)
(コメント)
boot版。坂本龍一にとって初のソロツアーのためかテンションが高い。
MCのところで...
坂本:「久しぶり、おっす」
客:拍手
坂本:「初のツアーだぜぇ、初のツアーだぜぇ」
客:拍手
坂本:「YMOはもうないぞ、YMOはもうないんだ」
客:「ははは...」
坂本:「ありゃ(笑)?、初のツアーだぜぇ」
客:拍手
坂本:「どうもありがとう、4月21日にこのツアーが始まったんだけど、同じ4月21日に未来派野郎が発売されたぜ」
客:拍手
坂本:「この調子で最初から飛ばすぜ、みんな腰抜かすなよ、頑張るぞホントに」
客:拍手
CDのMedia Bahn Liveではカットされている「Broadway Boogie Woogie」 が収録されているところが貴重。なぜ、カットしたんだろうか?
私は、1.Milan,1999~2.Variety Show~3.Broadway Boogie Woogieの流れが好きなのに。
「Behind The Mask」はYMOバージョンでなく、マイケルジャクソンバージョン。この曲は、マイケルのアルバム「スリラー」に入る可能性があったらしいが、契約が合わず結局これは流れたそうだ。そのときのバージョン。このバージョンは、その後エリック・クラプトンのアルバムに収録されている。
「1000 KNIVES」では、教授が観客席から女性の手を引っ張ってステージに上がらせてコーラスさせたりしている。やるぜ、教授(笑)


●戸川純&ヤプーズライブ
1985年9月13日 渋谷LIVE INN
(セットリスト)
1.昆虫軍/2.電車でGO/3.さよならを教えて/4.リズム運動(途中)/5.エンジェルベイビー(途中)/
6.図形の恋/7.ヘリクツBOY/8.隣りの印度人/9.オーロラ B/10.遅咲きガール/
11.フリートーキング/12.玉姫様/13.踊れない/14.レーダーマン/15.少年達/
(アンコール)16.パンク蛹化の女/17.20th Century Boy(T.REX)
(コメント)
「好き好き大好き」発売前のライブ。玉姫様のライブから一年ぶりのライブ。
「Tour Live 85-86」前のため、セットリストはツアーとほぼ同じ。
オープニングの「昆虫軍」から、観客が興奮してステージ前に動き出す。
フロアは一時パニック状態になりライブが一時中断している。
あまりにも盛り上がるためライブ中止状態寸前までに陥った。
そんな状態でもテンションを落とさず唄う純ちゃんはさすがプロ(^^)。


●戸川純&ヤプーズライブ 「Tour Live 85-86」
1985年11月1日 中野サンプラザ
(セットリスト)
1.昆虫軍/2.電車でGO/3.さよならを教えて/4.リズム運動/5.エンジェルベイビー/6.図形の恋/
7.ヘリクツBOY/8.隣りの印度人/9.オーロラ B/10.遅咲きガール/
11.遅咲きガール,さよならをおしえて(プロモーションビデオ)/12.好き好き大好き/
13.フリートーキング/14.母子受精/15.玉姫様/16.踊れない/17.レーダーマン/
(アンコール)19.パンク蛹化の女/20.20th Century Boy(T.REX)
(メンバー)
Bass:中原信雄/Drums:泉水敏郎/Guiter:比賀江隆男/Keyboard:小滝満/
Keyboard:吉川洋一郎
(コメント)
当然、「渋谷LIVE INN 」のように観客が暴れ出すことはなかった。
曲数は「渋谷LIVE INN 」より増えた。「遅咲きガール」のプロモーションビデオが上映された。


鈴木さえ子クリスマスコンサート
1984年12月25日 渋谷TakeOff7
(セットリスト)
1.ISLAND/2.鍵とスタンプ/3.おかしなおかしなフェリーボート/4.銀のエンゼル/
5.魔法の国/6.恋する惑星/7.銀紙の星飾り(ムーンライダーズ)/
8.独逸兵のように(ムーンライダーズ)/10.有楽町西武百貨店CM曲/
11.I wish it could be Christmas everyday(ピアノバージョン)/
12.アメリカのELECTRICITY CO./13.NIGHTMLARE/14.ガールスカウト/15.天国への螺旋階段/
16.フィラデルフィア/17.血を吸うカメラ/18.朝のマリンバ/19.UnKnown Music
(アンコール)
20.I wish it could be Christmas everyday
(メンバー)
鈴木さえ子/鈴木慶一/美尾洋乃(Violin)/中原信雄(Bass)/Keyboard
(コメント)
boot版。クリスマスの日に一人で行った(寂)。
鈴木さえ子さんからクリスマスプレゼントがあったりして、すごくあっとホームなライブでした。
鈴木慶一さんもサポートメンバーとして参加していました。


●鈴木さえ子 ライブ (Stage Romantic Tour '87)
1987年7月9日 日本青年館(ラジオ録音)
(セットリスト)
1.Happy Families/2.Good Morning/3.Blow Up/4.Come Wonder With Me/
5.Adventure In South Pacific/6.Hello Shoo Shoo/7.ジュラルミンの飛行船/8.TGIF/
9.TV Dinner/10.The GreenEyed Monster/11.Studio Romantic
(メンバー)
Vocal:鈴木さえ子/Guiter:鈴木慶一, 柴山和彦, 近藤研二/Bass:渡辺等/
Drums:石坪信也/Perc:小野雅司/Keyboard:門倉 聡/Trumpet:武川雅寛/
Trombone:宇都宮明美/Sax:矢口博康/Chorus:北川晴美
(コメント)
鈴木さえ子としては最後のツアーライブ?
鈴木慶一さんと別れてからしばらく、音楽活動はされていませんでしたが、
最近ではアニメ「ケロロ軍曹」の音楽を担当ています。今度、聞いてみよう。


越美晴ライブ
(コメント)
boot版。アルバム「ボーイ・ソプラノ」の頃のライブ。年月日は現在不明。
場所はどこだったかなー。「草月ホール」でした。このころの美晴さんはすごく好きですね。
「東京グラン・ギニョル」時代の嶋田久作さんも出演してました。
あと、金子國義さんもいらしてました。
その手の方面(謎)が好きな人な方にはたまらないライブでしょう。


サンディ&ザ・サンセッツ・ライブ
(コメント)
boot版。年月日は現在不明。場所は六本木だったっけ?のインクスティック。
2部構成だったんだけど、2部目の始まる頃は終電が無くなる時間だったので
1部だけ聞いて帰ってしまった記憶がある。

●94年●94年山下達郎SINGS SUGAR BABE LIVE
(セットリスト)
1.SHOW/2.指きり/3.Windy Lady/4.Dreaming Day/5.いつも通り/6.すてきなメロディー/
7.二人の夏(浜田省吾)/8.三ツ矢サイダー76/9.雨は手のひらにいっぱい/10.こぬか雨/
11.SUGAR/12.今日はなんだか/13.DOWN TOWN/14.パレ-ド/15.ココナツ・ホリデー/
16.MY SUGAR BABE/17.蜃気楼の街
(コメント)
山下達郎はテクノじゃないけど、SUGAR BABEの頃から好き。
でも好きなのは「FOR YOU」までかな。
私の一番好きなアルバムは「IT'S A POPPIN'TIME」。教授のARPも聞けるしね(^^)


テープの状態だと、いずれ劣化して聞けなくなるので、これらの音源はすべてmp3化して
永久保存しなければ。
他にも、立花ハジメの「TAIYO-SAN」ライブの音源もあるはずなんだけど見つからず。
「坂本龍一のサウンドストリート」は数十本テープがあるのでこれらもmp3化しなければ。



YMO Live History 6 (エピローグ) [音楽]

YMOから影響を受けたミュージシャンを何人か紹介してみよう。(作成途中)


デモテープ1
まずは、坂本龍一のNHK FM>「サウンドストリート」の番組中のコーナ「デモテープ特集」から選曲された「デモテープ1」アルバムから、
・鄭 東和(テイ・トウワ):元ディー・ライトのテイ・トウワ。「OLD GOOD DAY'S WORKERS」 、「CRY」という曲を提供している。
槇原範之(現:槇原敬之):この方も、もうご存じですね。「HALF」という曲を提供している。、槇原+YMOな感じ。声が若い。
二人のデビュー前の曲が聞けることは、ファンには貴重だろう?


UFO
電気グルーヴ:特にまりんこと「砂原良徳」がYMOの影響を受けている。アルバム「UFO(1991年11月)」にて「COSMIC SURFIN'」をカバーしている。


TRIBUTE TO YMO
1.Rydeen / LOW IQ 01、2.千のナイフ / SUGIZO、3.Cue / 高野寛、4.以心電信 / クラムボン、5.君に、胸キュン。 / Sugiurumn featuring 曽我部恵一、6.Firecracker / Ken Ishi、7.スネークマン・ショウ / イルリメ、 8.コズミック・サーフィン / ERSKIN、9.中国女 / Dr.Shingo、10.ナイス・エイジ / Sun Paulo (佐藤タイジ)、11.The Madmen / ショコラ&片寄明人、12.Simoon  / 東京スカパラダイスオーケストラ、13.Behind The Mask / Jazztronik

SUGIZO(元LUNA SEA):坂本美雨が彼のファンで、彼女のアルバムをプロデュースもした。また、坂本龍一プロデュースで製作された地雷撲滅ソング「ZERO LANDMINE」にも参加した。YMOをゲストに迎えてのSUGIZOのインタビューもあったりする。
このアルバムでのSUGIZOのギターはLUNA SEA時代のクールさと違って暴れまくっているそうです。千のナイフはBGMに収録。
高野寛:高橋幸宏の秘蔵っ子としてデビュー。このアルバムでは「Cue (BGMに収録)」をカバーしているが、昔NHK TV(ソリトンSIDE-Bかな)で演奏したアコースティック・ギターでの「ロータス・ラヴ(浮気な僕らに収録)」も格好良かった。
東京スカパラダイスオーケストラ:高橋幸宏つながり。先述のNHK TVで、彼らの演奏するSimoon(イエローマジックオーケストラに収録)を観たが、ホーンセクションが入っていて良かった。

TMネットワーク(小室哲哉):YMO散開後にデビュー、当時第2のYMOか?とか言われてました。


YMO Live History 5 [音楽]

1983年12月YMOが散開してから、3人はそれぞれソロで活動し始める。

しばらくして、パソコン通信ニフティ・ーサーブやインターネット(当時はJUNETと呼ばれていた)が普及し始める。
「YMO」は既に過去のバンドとなっていたのにも関わらず、ニフティではYMOフォーラムができたり、JUNETではYMOメーリングリストでき、色々な思いで話で盛り上がる。
そう、散開当時YMOを聞いていた少年少女(YMOチルドレンとか呼ばれていたりする)が、このころ大学生や社会人になり、ニフティやJUNETを使い始めたのである。
なぜか、YMOヲタはだった奴は、その後、理科系の会社に進む奴が多いように思う。
YMOがコンピュータを使った演奏をしていたので、コンピュータにあこがれたのだろうか?

私はYMOメーリングリスト(YMO-ML)に参加していた。YMO-MLが発足したのは1992年9月くらいだったと思う。YMOが再生する半年前のことである。
YMOが活躍していた時代、まだ家庭にはビデオが普及していなかったため、YMOが出演しているTV映像を持っている人は殆どいなかった。
で、「各人が持っている映像を持ち合わせて回覧しましょう」という趣旨で始まったと思う。

 ・夜のヒットスタジオで演奏した「Technopolis」、「Rydeen」(1980年)
 ・「おれたちひょきん族」でやった「三匹の用心棒」というコント
 ・「THE MANZAI」での「トリオ・ザ・テクノ」という漫才
 ・ザ・ベストテンで演奏した矢野顕子の「春咲小紅」(バックにYMO+大村憲司)
 ・ザ・ベストテンで演奏した坂本龍一+忌野清志郎「いけないルージュマジック」
 ・ミュージックフェアで演奏した「CUE」、「KEY」
 ・ザ・ベストテンで演奏した「君に胸lキュン」
 ・NHKで放送された「散開コンサート
 ・東京12チャンネル(現:テレビ東京)で放送された「WinterLive(抜粋)」
 ・東京12チャンネル(現:テレビ東京)の「ステレオ音楽館」という番組の「YMO」特集、「プラスティクス」特集

などなど、これらの映像が回覧されたと思う。
YMOのビデオ映像が極めて少なかった当時は、どれもリアルで観たことがあって懐かしく、とても感動した記憶がある。もちろん今観ても感動する。
これらの映像のいくつかは、1993年に発売されたTV-YMOというビデオで観ることができる。
現在でも、YMOのメーリングリストは、例えば「YMOファンメーリングリスト」がある。

こうした中で、ついに2月6日朝日新聞(朝刊)に、

「今回YMOと契約した東芝EMIによると、メンバー3人は再結成を「再生」と称しており、近くニューヨークで新作のレコーディングを行い、今春発表する予定という。」

という記事が載り、衝撃を受ける。




1993年4月1日 YMO再生記者会見
YMOが目覚めたという感じで、ベットに入っているシーンで登場する。
これは、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの「ベッドイン」会見を彷彿させる。

で、4月28日再生シングル「ポケットが虹でいっぱい/Hi-Tech Hippies」が発売。

これを聞いて、私は「YMO、また裏切りやがったな」と思った。フツー復活(再生)となると本人も周りも力入るじゃない?ヒットさせるぜ~という。この曲をシングルに出そうと東芝EMIもよく許可したな~と思った。
だって、ポケットが虹でいっぱいは「エルビス・プレスリー」の曲のカバー。なんで、プレスリーなんだろ?細野氏の選択だったらしい。この曲は「谷口六三商店」というドラマのテーマソングろなる。聞くと音的にはYMOなんだが(当然か?)、何だか肩すかしを食らった感じ。
一方のHi-Tech Hippiesは、ノリの良い「テクノポップ」で、今聞いてもイイ。「ポケットが虹でいっぱい」よりもこっちをメインすればいいのに。




1993年5月26日発売 TECHNODON
1. Be a Superman / 2. Nanga Def? / 3. Floating Away / 4. Dolphinicity / 5. Hi-Tech Hippies / 6. I Tre Merli / 7. Nostalgia / 8. Silence Of Time / 9. Waterford / 10. O.K. 11. Chance / 12. Pocketful Of Rainbow
やっぱり、今までとはコンセプトが違うアルバムだった。当然、売れ線なんか狙っちゃあいない。「1st Yellow Magic Orchestra」、「2nd Solid State Survivor」、のようなダンス、テクノポップ系とも違うし「BGM」、TECHNODELICのような、前衛的、ハードコアテクノ系とも違う。
もちろん、「浮気なぼくら」、「サーヴィス」のような歌謡曲、ポップス系とも違う。
最初、「TECHNODON」を聞いたとき「???」と思った。悪くはない。でも、強烈なインパクトもない。オトナのテクノというか、アンビエントなテクノであった。
好きな曲は、「Be a Superman」、「Hi-Tech Hippies」、「Silence Of Time」、「O.K.」、「Chance」 …。以外にあるじゃん。
今でもタマに聞くが、もしかして、このアルバムってすごくいいかも?っと思う。
「大きな音」や「激しいビート」をもう好まなくなった年代になった私にとって…。
「TECHNODON」をリリースしたときのYMOは、ちょうど今の私くらいの年齢だったと思う。
そのくらい、年齢を取ると良さが理解できるアルバムなのかも(笑)。
そう言えば、「筑紫哲也News23」のインタビューに3人出演したとき、3人とも「私たちは、例えばミックジャガーのような年齢を感じさせないような音楽は好まない。年齢相応(当時は40歳台)の音楽」をやりたいと言っていた。
その回答が「TECHNODON」なのかもしれない。

話は変わるが、音楽的にみて、坂本龍一は細野晴臣の後を追っているように思える。例えば、坂本龍一は「NEO GEO」、「BEAUTY」といった沖縄音楽、ワールドミュージック志向は、細野晴臣が「泰安洋行」のエキゾティックミュージックの後追いだし、特に沖縄民謡「安里屋ユンタ」は細野晴臣が先にカバーし、その10年後に坂本龍一がカバーしている。
また、再生当時の1993年頃、細野晴臣はアンビエントテクノに傾倒し、その影響が「TECHNODON」に出ているのであるが、その後、坂本龍一は「COMICA」という超アンビエントなアルバムを出している。そう思うと、2人は同じ道を歩いているんだなぁと感じる。


10) YMO 再生ライブ (1993年6月10, 11日 東京ドーム)

YMO 再生ライブステージ (左から坂本龍一、高橋幸宏、細野晴臣、CG映像は、原田大三郎)

Guest : ゴー・ホトダ (現在は宇多田ヒカルのエンジニアとかやってる)
SETLIST:
1. Be a Superman / 2. Nanga Def? / 3. Floating Away / 4. Dolphinicity / 5. I Tre Merli / 6. Hi-Tech Hippies / 7. Castalia / 8. Behind The Mask / 9. La Femme Chinoise(中国女) / 10. Nostalgia / 11. Silence Of Time / 12. Waterford / 13. O.K. / 14 Chance ~ Rydeen Ending / 15. ポケットが虹でいっぱい / 16. Tong Poo (東風) / 17. Fire Cracker

楽器:
 坂本龍一:Korg 01/W Pro, Korg01R/W, KURZWEIL Midiboard, Prophet-5, Roland VP-330, Roland Jupiter-8, Roland JD-800, KORG T2, KORG Wavestation, AKAI S3000, E-MU Vintage Keys
 細野晴臣:Roland Jupiter-8, ARP Odyssey, Korg 01/W Pro, Prophet-5, E-MU Proteus MPS, E-MU Vintage Keys
 高橋幸宏:Clavia DMI DDrum, Roland PAD-80, AKAI S1100, Korg 01/W Pro
Tour Schedule:
1993年6月10, 11日 東京ドーム

私は、2日目の11日のライブに行った。客電が落ち「Be a Superman」が始まる。曲順とアレンジは、CDと殆ど同じ。でも、原田大三郎氏のCGが素晴らしいので飽きることはない。
「Hi-Tech Hippies」が終わった後、おなじみの「Castalia(キャスタリア)」が始まる「TECHNOPOLIS 2000-20 ツアー」以来の演奏だ。アレンジはかなり変えている。特に坂本龍一のジャズ・ピアノがすごくカッコイイ。
続いて、名曲「Behind The Mask」。これもアレンジを変えている。シーケンスパターンが全く異なるのだ。最初は何の曲だか分からずメロディーに入ってからやっとそれだと分かった。
「ボコーダ」部分になると、坂本龍一は、お茶目にも据え付けカメラに顔を近づけて遊んでいる。教授のドアップがスクリーンに映し出され、盛り上がる(笑)。
シーケンスパターンが続いたまま「Behind The Mask」の演奏が終わり、連続して「La Femme Chinoise(中国女)」に移る。これもアレンジが大幅に変更。これもカッコイイ!!。
「Behind The Mask」~「La Femme Chinoise(中国女)」のメドレーと言えば、紀伊国屋ホール公演 (1978 / 12)を思い出す。
坂本龍一はここでも遊んでくれる。ソロ部分に、「Cosmic Surfin'」のフレーズを入れたのだ(1日目はなかった)。 これは予定外なことらしく高橋幸宏は大喜びし、細野晴臣も「オッ(笑)」と顔している。3人がこのライブを楽しんでいることがよく分かる一瞬だ。
途中で、「Cosmic Surfin'」のフレーズを入れるのは、私、OFASGet Upでパクっいています(笑)。

この後、再び「TECHNODON」の曲に移る。次に気になるのは、CDでは「Chance」のあとに「Rydeen」のイントロだけで終わるのだが、ライブではその後続けて「Rydeen」を演奏するかどうかだ。
結局、ライブでもCDと同じ、「Rydeen」のイントロだけで終わる。ここでもYMOのファンへの裏切り「期待していることはやってやらないよ(笑)」を感じた。

結局、私的にはYMO 再生ライブは、 「Castalia、 Behind The Mask、La Femme Chinoise(中国女)の演奏」「原田大三郎氏のCG」につきると思った。
これだけでも生で観られたことは幸せだ。

あ、あと、これも2日目だけらしいけど、演奏終了後にボコーダで、Trans Atlantic Tour [第1回ワールドツアー]を彷彿させる、
  「We are Yellow Magic Orchestra, We are Yellow Magic Orchestra…」
を聞けたことも付け加えておこう。

結局、YMOって期待していると裏切ってくれるけど、期待していないでいるとフッと期待以上のコトをやってくれるバンドなのね、ってここで納得した(笑)。


TechnodonLive ミックスダウンにはゴー・ホトダ氏が担当


TechnodonLive Video 
モニタと、東京ドームだからできた天井に投影された原田大三郎氏のCGは見逃せない。

(了)


YMO Live History 4 [音楽]

YMO Live History も残すところ、あと2回だ。疲れたぁ。
何でこんなコトやってんだろ、「バカ・バカ・バカ・バカ」(U・Tより)(笑)。

1983年「かわいいオジサン宣言」をし、「君に胸キュン」を発売してから同年「散開」するでを「YMO第4期」と呼ぶことにする。


1983年3月発売  君に胸キュン

シングル「君に胸キュン」は、カネボウ化粧品のCMソングとして1983年3月にリリースされ、オリコン2位を記録した。ココまで売れたのは、「公的抑圧」以来のことである。ちなみにそのときの1位はラッツ&スターの「め組の人」だった。YMOはポップス路線でメジャーに帰ってきた。


1983月8月発売 浮気なぼくら
1.君に、胸キュン。-浮気なヴァカンス- 作詞:松本隆、作曲:YMO
2.希望の路 作詞:高橋幸宏、作曲:細野晴臣
3.フォーカス 作詞:細野晴臣、訳詞:ピーターバラカン、作曲:高橋幸宏・細野晴臣
4.音楽 作詞:坂本龍一, 作曲:坂本龍一
5.オープンド・マイ・アイズ 作詞:高橋幸宏、訳詞:ピーターバラカン、作曲:高橋幸宏
6.以心電信 -予告編- 作詞:ピーターバラカン、作曲:高橋幸宏・坂本龍一
7.ロータス・ラヴ 作詞:細野晴臣、作曲:細野晴臣
8.邂逅 作詞:坂本龍一, 作曲:坂本龍一
9.希望の河 作詞:高橋幸宏、作曲:高橋幸宏・坂本龍一
10.ワイルド・アンビションズ 作詞:細野晴臣, 作曲:細野晴臣・坂本龍一

前作「テクノデリック」とは路線が全く異なるポップス路線のアルバム。でも、フツーのポップスとは異なるところが彼らのスゴイところだ。
YMOはリリースするアルバム毎にコンセプトが違っていて、良い意味でも悪い意味でもファンを裏切ってくれる。
それだけ彼らの「音楽の引き出し」が多いということか。
このアルバムで、YMOは解散(YMOでは散開と呼んでいる)を決意したそうだ。
散開を決意したせいか、これ以降のYMOはベストテンやドレミファドンには出るは、高橋幸宏はオールナイトニッポンやるわで、開き直った感じがする。
ちなみに「散開」という言葉は軍事用語で、部隊を一度バラバラに離れ、て行動すること意味。

私はこのアルバムはレコードでは持っているがCDは買っていない。
ここ10年くらい全く聞いていない。
「音楽」、「ロータス・ラヴ」、「邂逅」、「希望の河」、「ワイルド・アンビションズ」どれも良い曲なのに。やはり私はテクノのYMOが好きなのだ。
でも、このアルバム、歌謡曲のレコーディング手法に大きな影響を与えたそうだ。よーわからんが。

当時のYMOのシングルに「過激な淑女」という曲があるが、これは中森明菜の「禁句」のボツ作品。よく似ている。カラオケするとき、「禁句」で入力して、「過激な淑女」を歌おう(無理か?)(笑)。

過激な淑女

私は、カラオケで中谷美紀の「クロニック・ラヴ」で入力して、坂本龍一の「Ballet Mechanique」(未来派野郎に収録)を歌います。両者とも同じ曲(笑)。



9) YMO JAPAN TOUR [散開コンサート] (1983 / 11 ~ 12)

YMO JAPAN TOUR (散開コンサート)ステージ
まるでナチス・ヒトラーの演説台をイメージしたステージ。YMOの衣装もナチスの幹部のような衣装だった。ちなみにステージデザインは妹尾河童!!。
このライブは、後に佐藤信監督によって「プロパガンダ」というタイトルで映画化された。


Guest : デビッド・パーマー(元ABCドラマー)
SETLIST 「1983年12月12日 日本武道館」:
1. Propaganda / 2. Tong Poo / 3. Behind the Mask / 4. Solid Sate Survivor / 5. La Femme Chinoise / 6. 音楽 / 7. FOCUS / 8. Shadow On The Grand / 9. Ballet / 10. Perspective / 11. Wild Ambition / 12. The Madmen / 13. Linmbo / 14. Chinese Whispers / 15. 希望の河 / 16. 邂逅 / 17. See Through / 18. Key / 19. Thechnopolis / 20. Rydeen / 21. 以心電信 / 22. 過激な淑女 / 23. 君に胸キュン / 24. Firecracker

楽器
 坂本龍一:Prophet-5, Prophet-T8
 細野晴臣:Prophet-5
 高橋幸宏:SIMMONS SDS-5, Prophet-5, LINN LM-2

Tour Schedule:
11月23日札幌道立産業共進会場、11月28日愛知県体育館、11月29, 30日大阪城ホール、12月3日郡山総合体育館、12月12, 13日日本武道館、12月19日福岡国際センター、12月22日日本武道館

散開ライブが、私が初めて行ったライブ。12月12日日本武道館だと思う。アリーナ席で観てた。まるでナチスの演説台にような3つ並んだようなステージ。赤地にYMOと書かれた旗がステージ後ろにたなびいている。
客電が落ちて、重低音のパーカッションだけの「 Propaganda(プロパガンダ)」が始まる。やがてメンバーステージ上の方から出てくる。バックライトが強くて誰が誰だかわからない。ステージの階段を下りて、それぞれのポジションに着く。で、いきなり「Tong Poo(東風)」!
そこで、観客総立ち、いやー、あっしは盛り上がりました上がりましたよ。そっから「Behind the Mask(教授はボコーダは使わず)」「Solid Sate Survivor」までYMO初期の名曲が連続して続く。ここで、ドラマーが元ABCのデビッド・パーマーに代わり、高橋幸宏はステージからいなくなる。そして「La Femme Chinoise(中国女)」が始まる。この曲は最初がインストロメンタルで、後半部分にボーカルが入る曲である。後半部分にはいると高橋幸宏がステージ下から突然現れボーカルに入る。
今回、高橋幸宏はボーカルに専念したいがためにサポート・ドラマーにデビッド・パーマーを選んだという。
私は散開ライブでは、Propaganda~ La Femme Chinoise の流れが好きだ。あとは流しで聞いちゃうかな。

YMOは散開だというのに、「さよなら」や「ありがとう」の一言もなく、ステージを下りていった。
最後まで、YMOの姿勢を崩さないライブだった。それでも盛り上がったライブであった。


さよなら、YMO

(つづく)

YMO Live History 3 [音楽]

From Tokyo To Tokio [第2回ワールドツアー] (1980 / 10 ~12)終了から、1983年「かわいいオジサン宣言」をし、「君に胸キュン」を発売するまでを「YMO第3期」と呼ぶことにする。


1981年3月21日発売 BGM
 1. Ballet バレエ 作詞:高橋幸宏, 訳詞: ピータバラカン, 作曲:高橋幸宏
 2. Music Plans 音楽の計画 作詞:坂本龍一, 訳詞: ピータバラカン, 作曲:坂本龍一
 3. RAP Phenomena ラップ現象 作詞:細野晴臣, 訳詞: ピータバラカン, 作曲:細野晴臣
 4. Happy End ハッピーエンド 作曲:坂本龍一
 5. 1000 Knives 千のナイフ 作曲:坂本龍一
 6. Cue キュー 作詞:高橋幸宏/ 細野晴臣,訳詞:ピータバラカン,作曲:高橋幸宏/細野晴臣
 7. U・T ユーティー : 作曲:YMO
 8. Camoflage カモフラージュ 作詞:高橋幸宏, 訳詞: ピータバラカン, 作曲:高橋幸宏
 9. Mass マス : 作詞:細野晴臣, 訳詞: ピータバラカン, 作曲:細野晴臣
 10. Loom 来るべきもの 作詞:YMO / 松武秀樹


1981年11月21日発売 テクノデリック(左:初期ジャケット、右:現在ジャケット)
1. Pure Jam ジャム 作詞:高橋幸宏, 訳詞: ピータバラカン, 作曲:高橋幸宏
2. Neue Tanz 新舞踊 作詞・作曲:YMO
3. Stairs 階段 作詞:高橋幸宏, 訳詞: ピータバラカン, 作曲:高橋幸宏
4. Seoul Music 京城音楽  作詞:坂本龍一,訳詞:ピータバラカン,作曲:坂本龍一・高橋幸宏
5. Light In Darkness 灯 作曲:坂本龍一・高橋幸宏
6. Taiso 体操 作詞・作曲:YMO
7. Gradated Gray  作詞:細野晴臣, 訳詞: ピータバラカン, 作曲:細野晴臣
8. Key 鍵 作詞:細野晴臣, 訳詞:ピータバラカン, 作曲:細野晴臣・ 高橋幸宏
9. Prologue 前奏 作曲:坂本龍一
10. Epilogue 後奏 作曲:坂本龍一

1981年に発売されたこの2枚のアルバムによってYMOは、大衆(MASS)からは手を切り、自分達の音楽を分かってくれるファンだけをセレクトした。いわばリトマス試験紙のようなアルバム。
1979年9月ソリッド・ステイト・サバイバー、1980年2月公的抑圧、同年6月増殖と立て続けにヒットアルバムを叩き出し「大人気」となったYMOは、BGMというアルバムで人気は低落する。
この、BGMというアルバムが駄作だったから人気が落ちたのか?
それは検索エンジンで「YMO BGM」と検索し、それでヒットするサイトを見てみれば明確となるであろう。
たぶん、多くのサイトでBGMテクノデリックはYMOアルバムの中で最高傑作と書かれている違いない。たぶんね(笑)。
これらは、今までと一転してハードでヘビーなアルバムに仕上がっている。
また、このアルバム以降、リズムマシンの名機 Roland TR-808が使われる。
このリズムマシンにより、テクノ色がより強く出ている。



BGM
タイトル名は、当時YMOの曲はインストロメンタルばかりで「BGM」みたいだという批判を逆手に取って付けられた。坂本の精神状態が不安定だった時(本人は自我が崩壊していたと述べている)に作られたアルバム。そのため坂本色が少なく、高橋幸宏・細野晴臣色が強い。
当時大学に入ったばっかりの私は、このアルバムがこれまでとあまりにも違っていて戸惑った覚えがある。「ソリッド・ステイト・サバイバー」のような曲が当然聞けると思って、レコード針を落としたら、いきなりBalletだもん。何て表現して良いか分からなかった。
Happy Endはタイトルとは正反対ですごく暗い曲だしLoomを聞いていると絶望的な気持ちになってきたものだ。RAP Phenomenaでは細野が「バカ・バカ・バカ・バカ」って言っているし(笑)。
良い曲だなと思った曲は、CueU・Tくらいだったと思う。
それでも何度か聞いていると慣れてきて、コレって良いアルバムなんじゃない??と思うようになってきた。うーん、何度聞いても飽きないのである。

現在になって改めて聞いてみると、RAP Phenomenaは心霊現象の「ラップ現象」という意味のタイトルだが曲は音楽の「ラップ」である(つまり、ラップ現象とラップとかけている)。もしかしたら日本で最初の「ラップ」曲かも?。
Loomの無限音階は気持ちいいし、これはアンビエント・テクノの先駆けかも。
U・Tという言葉は「超地球的存在」と言う意味で「E・T」と意味は同じ。細野はタイトルを「E・T」とつけることも考えたという。スピルバーグ映画の「ET」は1982年製作だから、曲はそれより前になる。ちなみにこの曲は、「ハードコア・テクノ」の元祖とも言われているそうだ。



テクノデリック
「BGM」とは一転して坂本龍一色が強いアルバム。松武秀樹と東芝EIエンジニアの村田研治氏との共同開発されたサンプラーLMD-649を使用。録音時間が1.2秒と短かったため、工場のプレス機械音とか人間の声をサンプリングしパーカッションとして使用している。もしかしたら世界初のサンプラーを使用したアルバムかも?
坂本龍一の影響で、民族音楽色も出ている。
Neue Tanzでは、バリ島のケチャが、Seoul Musicでは韓国音楽が使われている。
この中でSeoul Musicという曲が気になる。1980年頃、坂本龍一が韓国ソウルに行って、韓国音楽に影響されて作った曲であるが、この歌詞を読むと25年前のソウルは現在と全く異なることに驚かされます。
当時の韓国は軍事政権時代で、現在のように自由ではなかったのです。約10年前の1993年になって、やっと軍事政権時代は終わったのです。
「韓流」が流行っていますが、韓国が自由になったのは、ここ10年のことなのです。


9) WINTER LIVE '81 (1981 / 11 ~ 12)

ウィンターライブのステージ
奥村靫正氏のステージデザイン、氏はこのステージデザインで1982年ADC賞を受賞。こーゆーのロシア構成主義と言うんでしょうか。
私は、ウィンターライブのステージを写真で見たとき、その美しさに感動した覚えがある。
なんで行かなかったんだろうと後悔したものだ。
このライブは後にビデオで発売された。しかし、当時まだ学生で高価なビデオデッキはとても購入できなかった。仕方なく、ビデオだけ買った。
しばらくして友達の家でこのビデオを見たときの感動は忘れられない。すごく耽美的、幻想的なライブなのだ。友人はYMOヲタでないのでシラーとしていたが。

この写真は、新宿コマ劇場でアンコールで2度目の Taiso(体操)を演奏しているシーンと思われる。体操服姿のダンサーが登場し、そして坂本龍一がステージ前に出て、ハンドマイクで号令をかけている。
  「前にならえ、右向け右、左向け左、休め、
  気をつけ、回れ右、ブルマー、トレパン、トレシャツ、ハチマキ
  腕を胸の前に上げてケイレンの運動」
最終日には、坂本龍一が、、
  「前にならえ、右向け右、左向け左、休め、
  気をつけ、回れ右、ブルマー、トレパン、トレシャツ、ハチマキ
  サウンドストリート、火曜日、坂本龍一、なんちゃって、
  腕を胸の前に上げてケイレンの運動」
とお茶目なアドリブをかます(笑)。
このアドリブに高橋幸宏は笑ってしまってしまい、まともに歌えなかったらしい(笑)。


左上:細野晴臣、右上:坂本龍一、左下:高橋幸宏、右下:松武秀樹

SETLIST 「1981年12月24日新宿コマ劇場」:
1. Loom(来るべきもの) / 2. Prologue(前奏) / 3. Pure Jam(ジャム) / 4. Light In Darkness(灯) / 5. Ballet(バレエ) / 6. Camofulage(カモフラージュ) / 7. Stairs(階段) / 8. Mass(マス) / 9. Neue Tanz(新舞踊) / 10. Happy End / 11. Music Plans(音楽の計画) / 12. Seoul Music(京城音楽) / 13. M-13 / 14. Cue / 15. Key / 16. Taiso(体操) / 17. Technopolis / 18. Rydeen / 19. Cosmic Surfin' / 20. Taiao(体操)(2) / 21. Epilogue(後奏)

楽器
 坂本龍一:Prophet-5, E-MU Emulator
 細野晴臣:Prophet-5, E-MU Emulator
 高橋幸宏:Prophet-5
 松武秀樹:Prophet-5, E-MU Modular Synthesizer, LMD-649

Tour Schedule:
11月24日宮城県民会館、11月26日岩手県民会館、11月28日広島郵便貯金会館、11月29・30日大阪フェスティバルホール、12月1日名古屋市民会館、12月7日札幌厚生年金会館、12月16日福岡サンパレス、12月18日金沢観光会館、12月22~24日新宿コマ劇場、12月27日ツバキハウス
最後に「新宿ツバキハウス」で終わっているところが興味深い。80年代初頭の東京では、「新宿・ツバキハウス」」と「六本木・玉椿」がニューウェーブがかかるディスコだった?
「新宿ツバキハウス」ではゲストとして、立花ハジメ、梅林茂が参加している。


ウインターライブ 左:CD, 右:DVD 両者に入っている曲は同じ

あと、「One More YMO」というCDにもウィンターライブの中の曲が入っている。
PURE JAM(ジャム)、SEOUL MUSIC(京城音楽)、MASS(マス)

SETLISTの中の太字以外のライブ曲はCDにもDVDにも未収録である。
「BGM」、「テクノデリック」のアルバムの中の曲は「Ballet」、「Key」以外は収録されている。
しかし、有名な「Technopolis」、「 Rydeen」は未収録である。
ウインターライブでは「Technopolis」の中の「トキオー」の部分を、「会場の地名」で叫んでいた(例えば「T, E, C, H, N, O, P, O, L, I, S センダイ」)ので、ぜひ聞いてみたい。

ウインターライブが完全収録されたCD、DVDはないので、ぜひリリースして欲しい。

(つづく)

YMO Live History 2 [音楽]

YMO_FIGURE.jpg
Trans Atlantic Tour [第1回ワールドツアー] のフィギュア。ホント、欲しい~。

東京 中野サンプラザ [凱旋コンサート] (1979 / 12/19)から、From Tokio to Tokyo Live[第2回ワールドツアー]が終わるまでを「YMO第2期」と呼ぶことにする。
「凱旋コンサート」が終わってから初の国内ツアー「TECHNOPOLIS 2000-20 ツアー」が始まる。
ギターは「渡辺香津美」から「大村憲司」に代わり、「フュージョン色」が薄れ、落ち着いたギター演奏となる。


5) TECHNOPOLIS 2000-20 ツアー (1980 / 3/ 21~4 / 15)
YMO_Technopolis2000-20.jpg
SETLIST 「4月13日NHKホール」 :1. Unknown Instrumental / 2. Behind The Mask / 3. Rydeen / 4. La Femme Chinoise / 5. Radio Junk / 6. Nice Age / 7. Solid State Survivor / 8. Day TRipper / 9. Firecracker / 10. Castalia / 11. MC / 12. Technopolis / 13. The End Of Asia / Citizens Of Science / 14. 1000 Knives / 15. Tong Poo / 16. Cosmic Surfin' / 17. The Core Of Eden / 18. Invention

Guest
シンセサイザープログラマー:松武秀樹
キーボード:橋本一子
ギター:大村憲司 3月21日愛知勤労会館, 3月31日仙台市民会館,
            4月7,8日大阪毎日ホール, 4月9日神戸国際会館, 4月13日NHKホール
            4月15日札幌厚生年金会館
     藤井丈司 4月1日秋田県民会館, 4月4日広島郵便貯金ホール
     鮎川誠   4月5日福岡市民会館, 4月9日神戸国際会館, 4月13日NHKホール  
     注)大村憲司は急病のため4月1日秋田県民会館~4月7日大阪毎日ホールまで休演
       代役として鮎川誠、藤井丈司らがギターを担当した。
楽器
 坂本龍一:Moog Polymoog, ARP Odyssey, Prophet-5, Moog Vocoder
 細野晴臣:ARP Odyssey, FENDER PianoBass
 高橋幸宏:Pollard Syndrum Model 477, ULT-SOUND DS-4
 橋本一子: Prophet-5, Oberheim 8 Voices
 松武秀樹:MoogⅢc, Moog Modular Model 15, Roland MC-8
Tour Schedule:
「3月21日愛知勤労会館」、「3月31日仙台市民会館」、「4月1日秋田県民会館」、「4月4日広島郵便貯金ホール」、「4月5日福岡市民会館」、「4月7,8日大阪毎日ホール」、「4月9日神戸国際会館」、「4月13日NHKホール」、「4月15日札幌厚生年金会館」

YMO初の国内ツアー、ギターの大村憲司が急病で出演できなくなって、「秋田県民会館」では急遽ローディの藤井丈司にギターを担当させる。当日になって「コード弾くだけでいいから」と譜面を渡されてステージに出たらしい。そんな訳で、このライブのギターパートは坂本龍一がフォローしていたらしい。
4月5日福岡市民会館では、福岡出身の「鮎川誠」がギターを担当しているところがおもしろい。観客はさぞ盛り上がったらだろう(笑)。
で、4月9日神戸国際会館では、神戸出身の「大村憲司」が復帰している。これも観客はさぞ盛り上がっただろう(笑)。
こういったトラブルがあった「TECHNOPOLIS 2000-20 ツアー」である。
NHKホールのライブは「NHK FM」でオンエアされたから、音源はあるはずだ。しかし、全くCD化、DVD化されていない。

このころのYMOコンサートは細野晴臣のMCもあったりして、和やかな感じであったに違いない。ギターが、鮎川誠の時もあったりして、渡辺香津美と大村憲司のギターしか聞いたことのない私は、彼のギターの時の演奏が聞いてみたいし、橋本一子が矢野顕子に比べてどんな演奏をしていたのかも気になる。ぜひリリースして欲しいものだ。



6) 東京 日本武道館 「写楽祭」 (1980 / 4 / 23)
SET LIST:1. Rydeen / 2. Behind The Mask / 3. Radio Junk / 4. Solid State Survivor / 5. Day Tripper / 6. The End Of Asia / 7. Tong Poo / 8. Cosmic Surfin' / 9. The Core Of Eden
Guest : 松武秀樹 / 大村憲司 / 橋本一子

これはある意味、YMOの転機となったライブ。
小学館の雑誌「写楽」(既に廃刊)の創刊記念祭 ということで、YMO単独ライブではない。
YMOも最初はテクノをやらずにアコースティックギターで「花はどこに行った」、「グリーンバック・ダラー」、「中国女」やったり、「トークコーナ」やったり、「スネークマンショー」、「シーナ&ザ・ロケット」のライブをやったりした。今だったらたまらないライブである。でも当時は違う。
なかなか、YMOライブは始まらない。
それどころか、坂本龍一が女装して「白鳥の湖」やら「中島みゆき」をピアノで演奏する。

YMO_SAKAMOTO_JYOSOU.jpg
女装してピアノを演奏する坂本龍一

観客がキレてがY\MO演奏はいつやるのか怒り出す。

で、女装した坂本龍一が観客に怒鳴った。教授って新宿高校学園紛争の闘志ですからそ-ゆーとこあるんです(笑)。坂本龍一の性格を知ると、さもありなん。

「うるせえぞ、この野郎! お前、ちょっと出てこい、この野郎、ぶっ殺すぞ,この野郎」
「ぶん殴るぞ、てめえ。お前だ。おい、顔見せろ馬鹿野郎!」
で、高橋幸宏は「だまって聞いていなさい、ちゃんとやるんだから」とフォローをする。
この様子は「One More YMO」というライブのアルバムで少しだけ聞くことができます。
この「写楽祭」の音源はあるはずだから、いつかリリースして欲しい。
できればDVDで教授が怒り狂っているところをノーカットで見てみたい(笑)。

「The chemical experiments YMO Live period」(著:吉村氏, 田山氏)の本によると、
先ほどまで罵声をあげていた観客も、いざYMOのライブが始まると、今までの事が嘘のように一転して盛り上がったそうだ。
去年まではライブハウス程度のバンドが、海外から帰ってくると大人気になっている。
YMOは彼らが考えていた以上に大きくなってしまった。
いままで自分たちの「好きな音楽」をやっていれば良かったのに、ここまでYMO大きくなってしまうと、ファン(MASS:大衆)はそれを許さない。MASS(大衆)は自分たちが喜ぶ音楽を要求してくる。
YMOは、ここで「自分たち好きな音楽」と「MAS(大衆)が喜ぶ音楽」との差異を痛感したのだと思う。
高橋幸宏は「売れるって、そんなに良いことじゃないかもしれない」と言っているし、坂本龍一は、ここで一度脱退を申し出ている。
音楽を「経済活動」として考えると、「MAS(大衆)が喜ぶ音楽」を提供してアルバムをたくさん売ることは当然の行為だ。
しかし、彼らは自分たちの音楽を、そういったところに持っていくのを拒否した。

もし、YMOが割り切って「ソリッド・ステート・サバイバー」のようなアルバムを出し続ければ、「松任谷由実」、「山下達郎」、「サザン・オールスターズ」程度か、それ以上は売れていたでしょう。



7) 東京厚生年金会館 (1980 / 5 / 7)

SET LIST:1. Behind The Mask / 2. La Femme Chinoise / 3. Rydeen / 4. Radio Junk / 5. Nice Age / 6. Solid State Survivor / 7. Day Tripper / 8. Firecracker / 9. Technopolis / 10. The End Of Asia / 11. Citizens Of Science / 12. 1000 Knives / 13. Tong Poo / 14. Cosmic Surfin' / 15. The Core Of Eden ~ Bach Invention Ending
Guest : 松武秀樹 / 大村憲司 / 橋本一子

「TECHNOPOLIS 2000-20 ツアー」終了後、初のライブである。一回きりだから「FM東京」でもオンエア用のライブと言えるのかな。当然、音源はあるはずだが、CD化されていない。



8) From Tokyo To Tokio [第2回ワールドツアー] (1980 / 10 ~12) YMO3.jpg

From Tokyo To Tokio [第2回ワールドツアー] の衣装。
YMOと書かれた生地のシャツと左手に巻いたバンダナが印象的。
Guest : 松武秀樹 / 大村憲司 / 矢野顕子
楽器
 坂本龍一:Prophet-5,
Moog Polymoog, ARP Odyssey, Roland VP-330, Roland Jupiter4
 細野晴臣:ARP Odyssey,Prophet-5
 高橋幸宏:Pollard Syndrum Model 477, ULT-SOUND DS-4, BIAS BS-1/12
 矢野顕子: Prophet-5, Oberheim 8 Voices
 松武秀樹:MoogⅢc, E-MU Modular Model Synthesizer, Roland MC-8


Tour Schedule:
「10月11日オックスフォード・ニュー・シアター」、「10月12日バーミンガム・オデオン」、「10月13日マンチェスター・アポロ・シアター」、「10月16日ロンドン・ハマースミス・オデオン」、「10月18日サザンプトン・ゴウモン」、「10月20日ハンブルグ・マルケトハウス」、「10月21日ロッテルダム・デ・ランタン」、「10月24日ストックホルム・ゴダ・レオム」、「10月27日パリ・ル・パラス」、「10月29日ミラノ・テアトレ・エスメラルダ」、「10月30日ローマ・テアトレ・オリンピオ」、「11月7日LA A&M特設ステージ」、「11月8日LA パラディアム」、「11月10日サンフランシスコ・カブキ・シアター」、「11月14日NY パラディアム」、「11月24~27日日本武道館」

第2回ワールドツアー。2回目ということで、落ち着いていてクールなライブである。トラブルも殆どなかったらしい。

1980年11月7日 ロスアンジェルス A&M特設ステージ SET LIST
1. Riot In Lagos / 2. Solid State Survivor / 3. Rydeen / 4. Behind The Mask / 5. Maps / 6. Nice Age / 7. Tong Poo / 8. Radio Junk / 9. La Femme Chinoise / 10. Citizens Of Science / 11. All You Need Is Love ~ 12. Technopolis / 13. 在広東少年 / 14. Firecracker / 15. Cosmic Surfin' / 16. 1000 Knives

このライブは、フジテレビによりLAから日本へ衛星中継されたので、ご覧になった方が多いだろう。
注目する点は、ビートルズの「All You Need Is Love 」を演奏していることだ。
「All You Need Is Love 」は、ビートルズが1967年6月衛星中継特別番組「アワ・ワールド」に出演した時に演奏している。
オリジナルの「All You Need Is Love 」は、フランス国歌から始まるのに対し、YMO版はアメリカ国歌から始まっている。この辺のYMOのお遊びがおもしろい(笑)。
この辺りは、YMO WORLD TOUR 1980というライブアルバムで聞くことができる。

また、1曲目に、坂本龍一ソロアルバム「B2-Unit」に入っている「Riot In Lagos」(この曲が、「ベストヒットUSA」の中の「タイムマシン」というコーナで使われていることを知っている人は少ない)を演奏し、アルバム「増殖」の中から「Nice Age」、「Citizens Of Science」を演奏している。これらの曲は、これ以降のライブでは一度も演奏していない。
ちなみに「Maps」は大村憲司の曲、「在広東少年」は矢野顕子の曲である。

(つづく)

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